エンタテインメント業界を目指す学生の方に読んでいただけると良いかと思い、こちらに掲載しておきます。
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就職活動と自己表現 原尻淳一
わたしは、毎年、エンタテインメント業界に就職したい大学三年生向けに講演を行っている。今年は東京、名古屋、福岡と三ヵ所でお話をさせていただいた。本来、就職活動における業界研究という観点からすれば、業務内容や業界のトレンドを話すのが筋かもしれない。しかし、わたしはそのような話を一切しない。その代わりに新入社員研修で話す「講義」を行う。「アーティスト(歌手)のブランディング」についての講義だ。ブランディングとは、アーティストの資質や能力を見極め、時代のトレンドやターゲットのニーズにうまくフィットさせることで、その人自体の価値を高める技術である。
これには二つの意図がある。
ひとつは「ブランディングの方法論」を授けることで、就職活動中、自分を魅力的に見せるヒントにしてもらいたいという思いだ。アーティストのブランディングの構造や具体的な事例を見てもらうことで、一度客観的に自己分析するきっかけを与えたい気持ちもある。
もうひとつは、エンタテインメント業界にくる人材が持っていなければならない必須要素を理解してもらうことだ。それは表現を生む「苦しみ」を体験しているか。これを知っている人でないと、アーティストの気持ちを理解できない。彼らは日々、楽曲づくりや表現について悩んでいる。そこに何の配慮もなく、ビジネスライクに「次の楽曲をいつまでにお願いします」では、嫌われるのは目に見えているのだ。エンタメ業界で活躍する人材には、アーティストと生みの苦しみを共有しつつも、うまくビジネスにつなげる器用さが求められる。そこで、わたしは次のような質問をする。
「これまでの人生で表現活動をしてきたことのある人、手を挙げてください。表現は音楽に限ったことではありません。文章を書くことも話すことも表現に入れます」
がっかりする。たいてい挙手するのは参加者の一割程度だ。
彼らは大学でたくさんレポートを書いているはずだし、サークルで後輩に話をする機会もあると思う。しかし、それを自己表現だとほとんど認識していない。
何故、わたしがここまで表現ということにこだわるのか。それは表現こそ、その人自身のブランディング(つまり、人の価値創造)につながる手段だ、と考えるからである。
多くの人は、価値は自分の内部にあると勘違いしている。自分の得意分野や資格の所有が価値だと考える。しかし、考えてみてほしいのは、価値とは他者に評価されて、はじめて価値たりえるということだ。得意分野も相手のニーズと合わさって、はじめて価値が発生する。極端な言い方をすれば、価値は自分の外側にある。表現活動を通じて、わたしとあなたの間に生まれるもの、と言い換えられるかもしれない。
ここで、表現を「アウトプット」と言い換えてみよう。これは社会人も同じだ。社会人で評価されるのは、アウトプットとして見える部分であり、それが会社の利益(成果)に結実したときであろう。価値を生み出す優れた表現、アウトプットこそ、未来を切り開く原動力だということ。それは人も物も本質的なところでは変わらないのである。
このたび講談社現代新書から『アイデアを形にして伝える技術』を刊行した。この本の中心となるテーマは「アイデアが恒常的に湧き出てくるエコ・システムの提案」だが、インプットの技術だけでなく、アウトプット構築まで、若手社会人が身に着けておくべきノウハウをすべて網羅している。わたしとしては、大学生も読者として想定し、なるべくわかりやすく書いたつもりだ。アウトプットの技法に興味があれば、手に取って見ていただきたい。
話を講演会に戻そう。わたしは、いつも最後に、就職活動のもう一つの戦略を話す。それは転職を視野に入れた長期就職戦略だ。
大学生の間には、就職活動で一流企業に入れないと負け組だというような雰囲気がある。これは間違っている。会社は入社することが目的ではない。人生を豊かに過ごすための一つの手段に過ぎない。しかも、はじめての就職活動で今後の人生が決まってしまうようなことはない。何になりたいのか。それにこだわり、一流企業でなくても、それに近づく基礎トレーニングに最適な企業はどこかを探せ。そう考えると選択肢はたくさんある。まずはそこで力を蓄えて、転職すればいい。「わたしを見ろ。三回も転職しているぞ」というと、大学生は晴れ晴れした顔をする。
そろそろ、ブランド所有からブランド存在へ、本質転換しようではないか。要は一流企業のブランドをまとうことが目的ではないのだ。会社は自分がブランドになるための手段なのである。そう考えれば、長い眼で見て、ゆっくり準備をすればいい。ただ、なりたいものへの「こだわり」は一生捨ててはいけない。
わたしは、若者たちを全面的に応援したい。自らを表現し、少しでも社会と関わり、価値を蓄積していく若者を育てることが、日本の未来を明るくすることだ、と考えているからである。
(はらじり・じゅんいち マーケティング・プランナー)
読書人の雑誌『本』2011年5月号より転記